広島地方裁判所 昭和46年(ワ)595号 判決 1974年7月19日
原告
山真民夫
外二名
原告三名訴訟代理人
外山桂昌
被告
中国電力株式会社
右代表者
山根寛作
右訴訟代理人
岡咲恕一
外二名
主文
被告は原告山真トヨ子に対し金一七七万八三三二円及び内金一六一万六六六六円に対する昭和四五年五月二九日から支払いずみまで年五分の割合による金員、原告山真民夫、同山真浩次に対し各金二四三万九六〇二円及び各内金二二一万七八二〇円に対する昭和四五年五月二九日から各支払いずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
第一 申立<省略>
第二 主張
一、原告の請求原因
(一) 事故の発生
原告山真トヨ子の夫であり、原告山真民夫、同山真浩次の父である訴外山真税は次の事故により死亡した。
1 日時 昭和四五年五月二八日午前一一時五二分頃
2 場所 広島県安佐郡祇園町長束所在の電柱
(山本連絡支線一〇右分一〇号柱)
(以下単に本件電柱という)
3 事故発生の電気工作物 高圧架空電線路6.6KV
4 被害者 中国電力可部営業所配電課山真税(当時四三才)
5 状況 右電柱でポリライス(高圧防護管)を高圧線に取付ける作業(以下単に本件作業という)をしていたが、三本の内二本を終つて残り一本を取付けるため移動中高圧線に肩が触れて感電死した。
理由
一原告の請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。
二まず本件作業の内容、事故発生の原因、経過について検討する。
<証拠>を総合すると次の事実が認められる。
1 昭和四五年五月二五日支店送電課から可部営業所配電課保守係、本件作業の要請があり、同月二七日保守係内で、作業班は作業責任者和田彰、現場立会者(作業員)山真税、沼田一、竹内某で構成し、作業内容、作業場所(工場地帯である)等を考慮し、活線作業で行うこととし、又強行送電禁止の要請もしないことにきまつた。そして本件電柱の配線状況、各腕金(木)の方向、各腕金(木)の間隔は別紙一、二図面のとおりであつた。
2 事故当日、作業班は各自ヘルメットを着用し、高圧ゴム風呂敷八枚、低圧ゴム風呂敷六枚、絶縁シールド一〇本、高圧手袋二双を用意し、予定された二箇所の作業を終えて、午前一一時三〇分頃本件現場に到着し、作業責任者和田彰より仕事の内容につき指示がなされ、主務者山真税、補助者沼田一、地上員竹内某と定め、沼田一、がまず昇柱し最下段の腕木に足をかけ柱上安全帯をつけ、ついで山真税が昇柱し動力電灯線(四線)の腕金(下から二段目)(以下単に下二段腕金という)に足をかけ柱上安全帯をつけ、ゴム手袋をはめたが、本件電柱はコンクリート柱、ペンタクリン注入柱に比し絶縁のよいクレオソート注入柱であつたため低圧線、腕金の防護は省略し、上部より三番目の6.6KVの高圧配電線の中線に高圧防護管を取付け、中線の引留がいし部分にゴム風呂敷で防護し、ついで北側の外線に高圧防護管を取付けた後、南側の外線に高圧防護管を取付けるため、身体を移動していた。ところが突然山真税の体が後に倒れ出したので、これに気付いた沼田一が危急を知らせ、和田彰が低圧スイッチを、竹内某が高圧スイッチを切つて協力して山真税を地上に降ろし人工呼吸をしながら救急車で大石病院に収容したが、山真税は右肩背部、左肩背部及び左大腿部に電撃創が、臀部に火傷があり、感電ショックによる心臓マヒにより死亡した。
そして右電撃創と山真税の姿勢等からして、山真税は前記のとおり北側外線の作業後、南側外線の作業をするため、下二段腕金の北側から南側に移動しようとし、まず左足を下から三段目の単三線の腕金(以下単に下三段腕金という)をまたいで下二段腕金の南側にかけ、右足を抜こうとした際、柱上安全帯をとつていた関係上体の自由が十分でなかつたためもあつて、左大腿部が下から三段目の低圧単三線の中線に触れ、右肩背部、左肩背部が高圧線に触れたために高圧電流が流れ感電死したものと推認される。
3 しかして山真税が右作業を行なつている間、その作業を監視する義務ある作業責任者の和田彰も補助者の沼田一も、地上員の竹内某も、山真税に対し、何等の指示も注意も与えていない。
以上の事実が認められる。<証拠判断省略>
三次に被告会社の責任について検討する。
雇傭契約に基き、労働者は使用者の指定した労務給付場所に配置され、使用者の提供した設備、器具等を用いて、労務給付を行うものであるから、使用者には右の諸施設から生ずる危険が労働者に及ばないよう労働者の安全を保護する義務があるというべきところ、本件の場合、被告は山真税に対し、具体的にいかなる義務を負うかの点について考えるに、前記当事者間に争いのない事実及び前記認定によれば、山真税は被告会社に雇傭され、可部営業所配電課に配置され、事故当日は事故現場において、本件作業を活線作業でなしていたものであるが、本件作業は山真税がなしたように下二段腕金に足をかけて作業するのが一般であり、特に高圧三線のうち南側外線の作業においては低圧単三線の間に足を入れざるを得ず、しかも別紙第二図面のとおり下二段腕金と下三段腕金との間隔は三七糎であり、下三段腕金と最下段の高圧線の腕金との間隔は六五糎であるから、特に作業困難な箇所とは言えないにしても、かなり困難な箇所の作業というほかなく、特にその作業姿勢からすると高圧線と低圧線に身体が接触するおそれは大きく感電の危害を生ずるおそれがある(作業中の安定した姿勢のみでなく、姿勢のくずれた状態や身体をのばした状態をも考慮して接触のおそれは判断すべきである。)、から、停電作業にしないとしても身体には十分の保護具すなわちゴム袖、電気肩あて、ゴムチョッキ、電気用ゴム長靴等を着用し、かつ低圧線、腕金には十分な防具を装着してなすべきものである。従つて使用者たる被告としては、十分な保護具、防具を備え付け、これを着用装着させるべき義務あることは勿論、被告会社の本件のような活線作業業務は極めて危険な義務であるから、その作業を安全になすよう十分な施策を徹底してなすべき義務があると解される。
しかるに<証拠>によれば被告会社可部営業所にはゴムチョッキ、ゴム肩あては備付られておらず、ゴム袖も一つあるにとどまり、従つて本件作業に際しては前記認定のとおりヘルメット、ゴム手袋が用いられたにすぎず、又単三線及び電灯動力線の低圧線や腕金の防護が全くなされず、かつ右防護を怠つたのは作業責任者の指示がなされず、本件の作業員もそれを軽視したためであり、<証拠>によれば当時被告会社の作業員は低圧線防護は省略し勝ちであつたことが認められるから被告の安全教育もまた不十分であつたと解するほかなく、結局被告は山真税に対し前記保護義務を履行しなかつたものといわざるを得ない。しかして被告の右義務の不履行により本件事故は発生したものであるから、被告は原告らに対し、本件事故による損害を賠償する責任がある。
被告は本件事故は山真税が昇降の労をはぶいて上下間隔が僅かに六五糎の高圧線と低圧線の間をくぐりぬけて反対側に出ようとしたため発生したもので、山真税の作業上の過失に基くものであると主張するが、本件作業は前記のとおり作業責任者を含め四名の作業班により行なわれたもので、山真税が作業責任者或は補助者らの制止があつたにも拘らず当該行為に出たというなら格別、本件においては作業責任者、補助者、地上員において全く制止はなされていないし、山真税の動作も瞬間的になされうるものではないから制止の間がなかつたものとも認められず、いわば作業責任者、補助者らの容認の下になされたものと認めるのが相当であるから、右をもつて山真税の過失行為とし、被告に帰責事由なしと解することは困難である。
四そこで更に進んで本件事故により原告らに生じた損害について検討する。
(1) 亡山真税の逸失利益
イ 就労可能期間中の逸失利益一一一五万四五五一円
<証拠>によれば山真税は昭和二年一月四日生れの男子であつて死亡当時満四三才であつたことが認められ、第一二回生命表によると満四三才の男子の平均余命は29.05年であり、就労可能年数は二〇年とみることができるところ、<証拠>によると山真税は普通健康体の男子であつたことが認められるから、山真税はなおすくなくも二九年間生存し得、二〇年間就労することができたものと推認される。
<証拠>によれば山真税は昭和二五年一〇月より被告会社に勤務し、死亡当時毎月平均七万九八〇〇円(基本給五万六七〇〇円、基準内賃金六万八一〇〇円)の賃金と毎年すくなくも基準内賃金の五ケ月分の期末手当(持家助成金を含む)を受給していたこと、従つて死亡当時の一年間の総収入は一二九万八一〇〇円(七万九八〇〇円×一二十六万八一〇〇円×五)であつたこと昭和三九年より同四五年四月まで基本給において平均12.9%、基準内賃金において13.8%の昇給(定期昇給とべースアップ分を含む)をしていること被告会社の停年は五五才であること等の事実が認められる。
原告は毎年一回が定期昇給及びベースアップによる昇給額は基本給の一〇%を下らないので停年まで一二年間の昇給額も逸失利益になると主張するが、当裁判所は口頭弁論終結時までの昇給額(定期昇給とべースアップを含む)は考慮しうるが、弁論終結後においては、定期昇給については高い蓋然性をもつて予測しうる場合はこれを考慮しうるが、ベースアップ分については、(原告らが山真税の逸失利益による損害額を現在の時点において全額受領し、これを利用に供しうることになるのであるから、)これを考慮することは相当でないと考える。
前記認定によれば、山真税の賃金は昭和四五年六月より口頭弁論終結時である同四九年五月まではその基準内賃金においてすくなくも毎年一〇%昇給したものと推認しうるからこれを考慮して算定することとするが、口頭弁論終結時以後の定期昇給についてはこれを高い蓋然性をもつて予測しうる証拠はないからこれを考慮できず、結局山真税の昭和五七年一月(停年)までの収入の昭和四五年五月二八日現在の現価は別表のとおり一四四一万一一三六円となる。そして山真税の生活費については同人の年収の三分の一程度をもつて相当とするから、亡山真税が被告会社においてうべかりし利益の昭和四五年五月二八日における現価は九六〇万七四二四円となる。
しかして山真税は停年後八年間は稼働しえたものと考えられるところ、原告主張のとおりすくなくも五五才より五九才までは月平均五万七〇〇円、六〇才以上は月平均三万六四〇〇円の収入を得るものと予測されるから右年収から生活費として相当と考えられる収入の三分の一を控除した残額につき複式ホフマン式計算により年五分の中間利息を控除すると、その昭和四五年五月二八日の現価は次の算式により一五四万七一二七円となる。
5万700円×12×0.666×(11.5364−
9.2151)=94円1519円
3万6400円×12×0.666×(13.6161−
11.5364)=60万5608円
ロ 退職金の減収による逸失利益金 二二三万九一三九円
亡山真税が昭和二五年一〇月より被告会社に勤務し、本件当時基本給が五万六七〇〇円であり、昭和三九年より同四五年四月まで基本給において毎年平均12.9%昇給(定期昇給とべースアップを含む)していたことは前記認定のとおりである。そして山真税は本件事故がなければ停年(昭和五七年一月)まで被告会社に勤務することができ、その勤続年数は三一年四ケ月となり、又前記のとおり口頭弁論終結時までは基本給がすくなくも毎年一〇%昇給するものとする(口頭弁論終結後における定期昇給についてはこれを予測するに足りる証拠はないので考慮できないし、ベースアップについてはこれを考慮すべきでないこと前記のとおりである。)と停年退職時の基本給は七万五四六七円となるところ、<証拠>によれば山真税が停年退職時に次の算式により六七五万八一八三円の退職金を得られたはずである。
7万5467円×0.9×87.666×1.135=
675万8183円
そして右金額より原告らが山真税の退職金として受領したことを自認する三一七万五五六〇円を控除し、更にホフマン式計算法(係数0.625)により年五分の中間利息を控除してその現価を算出すると二二三万九一三九円となる。
ハ 原告トヨ子は山真税の配偶者であり、同民夫、同浩次は山真税の子であることは当事者間に争いがないから、原告らは相続分に応じそれぞれ三分の一の割合で山真税の損害賠償請求権を相続し、その額は前記(イ)、(ロ)の合算額一三三九万三六九〇円の各三分の一すなわち四四六万四五六三円である。
(2) 慰藉料
<証拠>によれば本件事故当時原告トヨ子は満四二才、原告民夫は満一六才、同浩次は満一二才であることが認められ、本件事故により一家の経済的及び精神的支柱たる夫及び父を失い、夫々多大の精神的苦痛をうけたことは推測に難くないので、その慰藉料としては原告ら主張のとおり原告トヨ子に三〇〇万円、原告民夫、同浩次に各五〇万円が相当である。
五損害の填補
原告トヨ子において労働者災害補償保険法に基く遺族補償年金三六万七七七四円を受給していることは当事者間に争いがない。しかして債務不履行によつて死亡した者の遺族が労働者災害補償保険法に基く遺族補償年金を受給する場合には衡平の原則に照し、右年金の現在価を、受給者たる遺族の相続した死亡者の逸失利益の損害賠償請求権の額から控除し、かつ前者の額が後者の額より大であるときは、その超過部分は他の遺族のそれより按分して控除するのが相当である。
前記認定のとおり原告トヨ子は山真税の死亡当時四二才であり、第一二回生命表によると同女の平均余命は三四年であるから、三四年間の総支払額からホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して昭和四五年五月二八日現在における現価を算出すると七一九万一三八四円となる。そして右金額をまず原告トヨ子の相続にかかる逸失利益の損害賠償請求権の金額に補填し、残額二七二万六八二一円はこれを二分した各一を原告民夫、同浩次のそれよりそれぞれ控除すると、原告民夫、同浩次の相続にかかる逸失利益は各三一〇万一一五三円となる。
更に原告らは被告会社より本件事故にともない弔慰金一五万円、特別弔慰金三〇〇万円、保険金一〇〇万円を受領していることは当事者間に争いがなく、右金員も相続分に応じ各三分の一の割合で原告らにおいてそれぞれ受領したものと推認されるから、これを原告らの損害額より控除することとすると、結局被告に対し請求しうべき金員は、原告トヨ子において一六一万六六六六円、原告民夫、同浩次において二二一万七八二〇円となる。
六弁護士費用
<証拠>によれば、原告らは本件訴訟を原告代理人に委任するに際し、弁護士費用として取立額の一割を支払うことを約束したことが認められ、本件訴訟の難易、その他諸般の事情を考慮すると、右費用は本件事故と相当因果関係のある損害と認められるから、原告らはそれぞれその取立額の一割すなわち原告トヨ子において一六万一六六六円、原告民夫、同浩次において各二二万一七八二円の損害賠償請求権を有するものといえる。
七結論
よつて被告に対し、原告トヨ子は一七七万八三三二円及び内金一六一万六六六六円に対する事故発生の日の後である昭和四五年五月二九日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告民夫、同浩次は各二四三万九六〇二円及び各内金二二一万七八二〇円に対する同じく昭和四五年五月二九日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める限度で理由があり、その余の各請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。 (下江一成)
<第一図と別表省略>